「鳥獣花木図屏風」を見た。隔てたガラスに額が付きそうなほど近寄って、かぶりつくように見た。前にも会っているはずなのに驚くほど印象にない。仕方がないことかもしれない。2016年に行われた展覧会は最大300分待ちの記録を叩き出し、立ち止まることもできず人にまみれていたので。
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門司の出光美術館で伊藤若冲の作品が展示されているという。X(旧Twitter)で知ったわたしは、すぐに新幹線の日帰りきっぷを買い北九州へ飛んだ。
東京ではなく門司なのは、出光興産の前身である出光商会の創業の地だからだ。創業者の出光佐三は、門司の文化や発展にも寄与しており、2000年に出光美術館(門司)が開館した。それで、出光美術館のコレクションが門司でも見られるのである。佐三氏は宗像の出身で、宗像大社の再建や沖ノ島調査でも経費を負担したそうだ。このことは、併設の出光創業史料室で知った。
美術館はこじんまりして洒落た建物で、受付や案内の方々はみんな感じがよく、細やかな心配りをしてくれる。驚くことに、展示室すぐ脇の休憩スペースには無料でお茶をいただける設備があって、来館者に対するスタンスが感じられるようだった。(とはいえ私立だからできることのような気はする)
江戸絵画の華 第1部 若冲と江戸絵画
企画展「江戸絵画の華」は、2023年1〜3月に東京の出光美術館で開催されていた展示で、プライス夫妻から受け継いだコレクションのお披露目だ。プライス夫妻は若冲を初めとする個性的な江戸絵画を収集しており、第1部では若冲を中心に据えている。
会場は2階の展示室のみ。したがって門司では展示されない作品もある。出品リストによると、若冲5点その他17点の未出展があり、源氏物語などに関連した屏風や絵巻はなかった。しかし、広く空間を使っており来館者も集中することがないので、じっくりと鑑賞する贅沢な時間を過ごした。車イスの方も周りを気にせず見られていたようだ。
若冲といえば贅沢な色遣いと気が遠くなるような描き込みを思い出すけれど、水墨画も素敵だ。デフォルメが上手い。ゆるいタッチで描いていると思いきや、部分的には細かく描き込まれていて、抜きと尖りのバランスが絶妙だ。「鯉魚図」の大胆なトリミングと構図は現代のデザインに通じるものがある。
展示の半分くらいは若冲以外の江戸絵画だ。隅々まで描き込んだ生物画、ゆるくかつダイナミックな虎、美人画など。さりげなく河鍋暁斎もいた。
日本画は狂気を感じるほど精密さに拘ったり、重なりや立体感の表現を追求したりしているのに、どこまでも二次元で3Dにはならない。本当に不思議だ。絵を描くことは人類に共通する業だけど、立体の認識と表現はそうじゃなかったんだろう。
出光佐三とそのコレクション〈板谷波山の陶芸〉
板谷波山は近現代の陶芸家、出光佐三はそのパトロンである。佐三氏は古美術だけではなく同じ時代の芸術家の作品も収集し、あるいは援助した。3階ではそのコレクションが展示されている。印象的なのはふたりのエピソードだ。
波山は、納得がいかない出来の作品は割ってしまう人だったそうだ。佐三氏は、彼から見ると失敗作に見えない作品を譲ってくれないかと頼んだという。そのことを「命乞い」して「強奪」したと称したのが面白い。これだけ聞くと、パトロンである佐三氏が金と立場を笠に着て……と取れなくもないけれど、波山も作品に対して「お前たちはいい人にもらわれて幸せだよ」というようなことを言ったというので、二人は良い関係を築いていたんだろうと思う。
江戸絵画の華 第1部 若冲と江戸絵画
- 開催期間 2023年9月15日〜10月29日
- 開催場所 出光美術館(門司)
- 〒801-0853 福岡県北九州市門司区東港町 2-3
- ※出光美術館(東京)で2023年1月7日〜2月12日に開催
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門司港はレトロ地区と銘打つだけあって、駅舎の外にも昔の洋風な建物が多々ある。人が親切でほどほどに元気が良くて活気があると思いきや、同行者によると、前に来たときよりずっと人気が少ないのだそうだ。外国から来たと思しき人や大きなスーツケースを持った人もおり賑わっていると思ったけれど、初見では分からない事情もあるのかもしれない。そうだとしても、素朴な気持ちでまた来たいと思う町には久しぶりに出会った。